御由緒
当神社の御祭神、すなわち菅原道真公をは、大宰府へ左遷、失意のうちに去れ、その後、天候不順や政治の混乱が続き、人々はそれらの災いを道真公の怨霊のせいだと考えました。
菅原道真公の乳母をつとめていた多治比文子は、自分の家の庭に小さな祀をもうけ、道真公を拝んでおりました。そんなおり、天神となった菅原道真公は多治比文子に現在の北野天満宮の地にまつってもらいたいと託宣しました。このように北野天満宮がまつられるきっかけをつくったのが、多治比文子だったのです。当社が「北野天満宮の前身神社」と称する由縁です。
文子天満宮は、菅原の道真公を「天神」としてわが国で最初におまつりした神社であることから「天神信仰発祥の神社」と位置づけられます。
文子天満宮神社の起りより
御祭神
主祭神
- 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
相殿神
- 文子比売(あやこひめ)
- 伴氏(ともうじ)
- 菅原是善公(すがわらのこれよしこう)
所在地
京都府京都市下京区間ノ町通花屋町下る天神町400
御朱印
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授与所で頂きました。 |
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