射水神社の御朱印-富山県高岡市

由来

もともとは霊山である二上山を神奈備とし、その山麓に二上神一座を祀った社でした。宝亀11年(780年)に従五位下に叙せられたと記録があり、かなり古くから存在していました。神仏混合だった江戸時代までは、二上山大権現として人々に崇敬されていました。その後、明治時代には政府による神仏分離令を受け、二上神は瓊瓊杵尊として祀られるようになりました。

所在地

富山県高岡市古城1-1

御祭神

二上神(ふたがみのかみ)[瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)]

御朱印授与

授与所で頂きました。

射水神社・御朱印

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神仏分離令による影響

二上山の麓にあったときは、射水神社は二上山養老寺の境内社であり、神仏混合により二上山大権現をお祀りしていました。当時の領域は、二上荘67ヶ村、別当寺を含めた社寺は二上全山に亘り22万平米に達したといわれており、かなりの勢力を持っていたことがうかがえます。

神仏分離令により、寺の要素は排除され、現在の高岡古城公園の場所へ遷座しました。遷座からたったの2年後の明治10年(1877年)に、元鎮座地の氏子の要請で二上村に射水神社の分社が創設されています。また、最も重要である例祭の春祭りは、元鎮座地の二上射水神社で行われています。これらの動きから、明治政府は相当な反発がある中で無理矢理遷座を強行したものの、二上山の勢力が強く、声を無視しきれなかったのではないでしょうか。

御祭神

当初は二上山そのものを二上山大権現として祀っていました。二上山には、4社の境内社(日吉社:大山咋神(おおやまくいのかみ)、悪王子社:地主神(じぬしのかみ)、院内社:菊理媛神(くくりひめのかみ)、諏訪社:建御名方命(たけみなかたのみこと))と、山頂に武内宿禰の墓があると伝わっています。遷座後の御祭神は瓊瓊杵尊になりましたが、二上神とのつながりが全く分かりません。

富山県
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