御由緒
明治天皇の深い思召を以って、明治十一年一月二十七日、初代県令柴原和が発起となり、一身を捧げて国難に殉ぜられた人々の勲を永く顕彰し、そのみたまをお慰め申し上げるため、千葉県庁公園内に千葉縣招魂社として創建せられたのに始まり、爾来社地変更・御社号改称等の変遷を経て、昭和四十二年九月三十日亥鼻山から現境内地に御遷座申し上げ、平成七年には、御創立壱百拾五年を記念し、御社殿等の主要建造物大修復工事の大事業を完遂しました。
昭和四十八年十月天皇・皇后両陛下には、国民体育大会開会式御臨場を機に御親拝遊ばされ、同月全国身体障害者スポーツ大会に御臨場を機に交代し(今上天皇)・同妃両殿下が御参拝遊ばされるなど創建以来皇室の御崇敬はもとより、県民遺族の変わらぬ崇敬のもとに御神徳は愈々輝き、御社頭は日毎に隆昌に赴いて居ります。
千葉懸護國神社参拝のしおりより
御祭神
幕末から明治・大正・昭和にかけて、国難に立ち向かわれた五万七千余柱(軍人だけでなく、従軍看護婦や児童、生徒など女性の御祭神も含む)
所在地
千葉県千葉市中央区弁天3-16-1
境内
社号標 |
拝殿 |
千葉県忠霊塔 千葉県が戦没者の追悼と平和を祈念して建設し管理しています。 隣に建っているのですが、護国神社とは関係がありませんでした。 |
御朱印
授与所で頂きました。 |
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