須賀神社・交通神社の御朱印-京都府京都市

御祭神

須賀神社

健速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)

櫛稲荷田比賣命(くしいなだひめのみこと)

交通神社

八衢比古命(やちまたひこのみこと)

八衢比賣命(やちまたひめのみこと)

久那斗之神(くなどのかみ)

御由緒

古くは「西天王社」と称し、播磨の国広峯(現在の兵庫県姫路市、現在山頂に同じ神さまを祀る広峯神社があります)より平安時代・清和天皇の御代、貞観十一年(西暦八六九年)にお迎えし、創立したと伝えています。当時の社殿は、現在の平安神宮蒼龍桜付近に至り、跡地には塚(西天王塚)が残っています。なお、「西天王社」に対する「東天王社」は現在の岡崎神社と伝えています。

やがて鳥羽天皇の皇后で近衛天皇の母美福門院が建てた歓喜光院の守り神とされましたが、鎌倉時代末期の元弘二年(一三三二年)二月北条高時の反乱による兵火をさけ吉田神楽岡(吉田神社)に遷し延元元年二月(一三三六)に後醍醐天皇の御命をうけた藤原兼熙により社殿が造営され、後奈良天皇弘治二年二月十五日(一五五六)には正一位の神階を贈られました。

現在の神社は聖護院村の鎮守として氏子地域内にお還りいただきたいとの人々の願いにより、大正十三年六月、元の御旅所である現在地に還座(おかえり)されました。

やがて還座四十周年にあたる昭和三九年十二月三日に御祭神五柱のうち三神を分祀(分けておまつりする)し、翌四日に鎮座祭が行われ交通神社が建てられました。またその際には、忝なくも秩父宮家より金一封を賜りました。

須賀神社交通神社由緒略記より

所在地

京都府京都市左京区聖護院円頓美町1

御朱印授与

授与所で頂きました。

須賀神社の御朱印:

須賀神社_御朱印

交通神社の御朱印:

交通神社_御朱印

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