御由緒
かつて現在の福井市中心部は足羽御厨(あすわのみくりや)と呼ばれ、伊勢神宮に献上する米を作っている神領でした。
第六十代醍醐天皇の時代に、この地に明光長者という人がいて、厚く天照大御神を崇敬していました。明光長者がこの地に社殿を造営し皇大神宮を勧請したいと朝廷に申し出たところ、醍醐天皇が感心し、直ちに「国家鎮護のために大神宮を勧請せしむべし」と勅命を下しました。朝廷の使いが御分霊・神宝・御幣等をつつしんでいただき、延暦2年(924年)3月9日にこの地に到着。足羽神社御宝殿に滞在し、同年9月20日の社殿の竣工を待って鎮座されました。
御祭神
- 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
所在地
福井県福井市宝永4-8-1
境内
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拝殿 |
御朱印
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社務所で頂きました。 |
雑記
足羽御厨
こんな古来から伊勢神宮へ米を奉納していたとは驚きでした。福井は京都の隣県ですが、伊勢まではかなり距離があります。当時から質の高い米が採れたのでしょう。
コシヒカリ原型となる交配種は新潟発祥ですが、それをコシヒカリになるまで育種・選別を繰り返したのは福井。越前と越後の越、それらの国で光り輝く、という意味を込めてコシヒカリと命名されたそうです。昔も今も米どころ。
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