瀧原宮(三重県度会郡大紀町)の御朱印

三重県

御祭神

瀧原宮  天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおかみのみたま)

滝原竝宮 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおかみのみたま)

 

御由緒

瀧原宮、滝原竝宮の御鎮座の由緒は大変古く、「倭姫命世記」によると、約二千年前まで遡れます。第十一代垂仁天皇の皇女倭姫命が御杖代として天照大神を奉戴し、御鎮座の地を求めて、宮川下流の磯宮をお発ちになりこの地においでになると、「大河之滝原之国」という麗しい土地があり、この地に宮殿を造立されたのが起源とされます。このとき、宮川の急流に困られたご一行を、真奈胡神がお出迎えしてお渡し申し上げたため、倭姫命はその場所に真奈胡神をお祭りする御瀬社をお定めになりました。これが現在の皇大神宮摂社多岐原神社で、瀧原宮から道なりに約六キロメートル北方、大紀町三瀬川の宮川を望む崖の上にご鎮座されており、その地には近年まで熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。

瀧原宮は延暦二十三年(八〇四)に編集された「皇大神宮儀式帳」には「天照大神遙宮」、「延喜式」に「大神遙宮」「伊勢と志摩との境の山中、大神宮西を去る九十里」とあり、奈良時代の編集を伝える「伊勢国風土記逸文」には「瀧原神宮」と記されているなど、その由緒の深さがうかがわれます。

滝原竝宮のはじまりについては不明な点が多く、種々の解釈がなされていますが、平安中期には瀧原宮同様式年遷宮の制度が定まったと思われます。

瀧原宮 滝原竝宮御由緒より

 

所在地

三重県度会郡大紀町滝原872

 

御朱印授与

授与所で頂きました。

瀧原宮・御朱印

 

三重県
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